スペシャル粋トーク

2010年 春号

神戸らしさの復権は「街場」の国際交流から

ダンディズムを体現した神戸の人たち

かしの 神戸は福野さんのようなかっこいい大人が似合う街ですね。

福野 神戸はダンディズムを体現した人をたくさん輩出しています。文学者の稲垣足穂もそうだし詩人の竹中郁もしかりです。そしてなんといっても淀川長治さん。この人ほど聡明でおしゃれな人を私は知りません。私は、神戸ポートアイランド博覧会のコンセプト作りにかかわった後、神戸に映画美術館を作ろうと奔走しました。設立準備委員会を作り、わが国未公開作品を含む「グレタ・ガルボ映画祭」を開催しましたが、他府県からも多くの方がファンクラブの旗を立てて押しかけ、本当に驚きました。淀川さんからは「さすが神戸、これが神戸」と電報をいただきました。思い出のひとつです。

かしの そのような人が生まれる土壌が神戸にはあったのだと思います。神戸港が開港して多くの外国人が住み始め、それを神戸の人は受け入れ、融合したわけですね。

福野 彼らは居留地の商館でビジネスをし、北野町で暮らしました。その間をトアロードが結び、パン屋やハム屋や洋菓子屋や帽子屋ができたわけです。この一本の線が神戸をシンボライズしており、神戸が国際的と言われだした原点があります。

かしの せっかく先人が築いてくれた遺産を今の神戸は食いつぶしてしまっているような気がします。

福野 神戸からインターナショナルな劇というものがなくなってしまいました。神戸は独自の劇を演じられる都市だと思うのですが、お役人からはいつまでも劇を生み出す発想が期待できません。もともとそういうことが不得手な人たちの集まりなんですから。

ヴァン・ジャケットに入社し、石津謙介氏に師事。退社後、ヨーロッパを遊行し、帰国して「ファッション構造研究所」を設立。傍ら、大学でファッション社会論を講義する。1977年、現代美術の実験ギャラリー「キタノサーカス」を神戸・北野に開設。以後、数々のイベントで制作監修、プロデューサーなどを務める。現在は、ブエノスアイレスから一流ダンサーを招へいし、研修場とサロンを公開している。

タンゴの美学に魅かれて

樫野孝人(かしのたかひと)/須磨区在住・昭和38年生まれ
樫野孝人(かしのたかひと)/東灘区在住・昭和38年生まれ

飛松中学、長田高校、神戸大学卒業。リクルートを経て、(株)IMJの代表取締役社長に就任し株式公開。2009年神戸市長選挙に立候補するも惜敗。現在、(株)OKwave取締役、Kiss FM取締役を務めながら神戸リメイクプロジェクト代表として神戸の活性化を推進中。また広島県庁の広報統括責任者、京都府参与として地方自治体の改革も手掛けている。新著は「地域再生7つの視点」(カナリア書房)

かしの 福野さんが生きていくうえで自身の核になっているものは何ですか。

福野 何よりも美に仕えるということです。それは奈良の古刹に囲まれて育ったからかもしれません。それと十代の頃から習っていた古武道の柳生流です。そのもの静かな武術の美しさに魅せられていました。美というものへのひとつの確信を自分なりに持ったのだと思います。

かしの キタノサーカスではアルゼンチンタンゴのダンスレッスンやイベントを開いておられます。その動機はどんなところに。

福野 タンゴの美学というよりほかありません。よほど性が合うようです。ご承知のようにブエノスアイレスという街はヨーロッパ各地からの移民によってつくられた大都市でした。故郷の異なる男たちがそれぞれの自負と名誉をかけて激しく対立し、融合していきました、その道筋にタンゴが生まれています。世界のあらゆる民族音楽を鍋に入れて、ぐつぐつ炊いて、最後に残ったエキスがタンゴだという人があります。アルゼンチンにチケという言葉があります。フランス語のシックですが、現地では気取りという意味で使われます。タンゴの踊りには彼らの気取りと粋が凝縮しているような気がします。それはアルゼンチンサッカーのあの一口では言えない魅力と美しさにも通じているようです。気取りをなくしたら、ただ年齢をとるだけ。つまらないでしょう。

かしの 神戸の元気を取り戻すには何が必要だと思いますか。

福野 国際交流の芽を「街場」で育てることです。私どもの建物にはアルゼンチンのダンサーがもう何年も前から住んでいます。こうして神戸大学のアルゼンチンの留学生やその友人たちの間に交流の輪が広がっています。遠くから踊りにやってくる人たちの国籍もさまざまです。名刺も何も要りません。会えば同志なのです。神戸という街に「劇」を生み出すヒントがこんなところにあるのかもしれません。

かしのたかひと今回のツボ

対談途中で、思わず唸ってしまいました。「福野さん、めっちゃ、かっこいいですね」。キーワードは「劇」と「気取り」と「美学」です。お話を聞いて、いつか必ずアルゼンチンに行くぞと決意しました(笑)。とりあえず映画「ブエノスアイレス」でも観て雰囲気に浸ろうと思います。

取材協力

キタノサーカス

アルゼンチンタンゴの普及の旗を掲げて10年。今やタンゴファンにとって憧れの名所である。毎週レッスン&ミロンガ(ダンスパーティー)を開催している。昼下がりはタンゴを聞きながらお茶が楽しめる。

TEL.078-221-9294
神戸市中央区北野町4-9-6
14:00~23:00 不定休

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