スペシャル粋トーク

2010年 秋号

神戸から新しい文化を発信しよう

かしの ドイツで宝石学を学ばれたきっかけは。

矢野 百貨店では貿易部に配属され、ロンドンやミラノに駐在していました。その経験の中で宝石のビジネスに興味を持ち、28歳の時に独立しました。まずは宝石に関する技術を知るために宝石学の勉強をしようと考え、宝石のサンプルをより多く見ることができる国はどこだろうかと探してみました。それがドイツだったのです。めのうの産地として知られ、500年の宝石研磨の歴史を持つ南ドイツのイーダオーバーシュタインで宝石学を学び、宝石鑑定士になりました。試験を受ける前の3カ月で2万の石を見ました。

かしの とくにカメオに関しては本国ドイツでも高い評価を受けておられます。

矢野 女性や動物・植物のデザインをめのうに浮き彫りにし彫刻した作品をカメオと呼びます。宝石彫刻師は、自作鉄製ドリルの先に細かく砕いたダイヤモンドを付着させて彫刻します。それほどめのうは硬い素材です。彫刻師のイメージは、めのうの原石の中にあり、0・01ミリ単位で彫り分ける技術を駆使し、3次元的に表現を作り上げていきます。制作には数カ月から数年の月日を要します。現在、完ぺきな浮き彫りを施す技術を持った作家は世界に2名前後とも言われています。彼らとは、カメオを取り巻く宝飾枠のことも含めて打ち合わせをします。カメオ彫刻はオンリーワンで、枠もすべて手作りによるワンデザインです。当社は2005年の愛知万博に宝石商として世界で唯一公式出展し、ドイツの博物館に当社が貸し出している作品を集めて展示しました。

かしの 世界を飛び回ってご商売をされながら、神戸に拠点を置く理由は。

矢野 美術作品を見る新しい方法として、手で触れて感じてもらう「触察」という新しい文化を、私が生まれ育った神戸から発信したいと考えているからです。生まれつき視力のない方に加えて、成人になってからの病気によって視力を失った方を入れると、日本には目の不自由な方が約130万人おられるそうです。これら視力を失った人たちでも凹凸のあるカメオは、触れることでそこに何が描かれ、彫られているかを理解することができます。カメオは硬いので人の手が触れて傷むことはなく「触察」に適しているのです。

神戸市垂水区生まれ。阪急百貨店で海外業務に携わった後、退社。ドイツ連邦共和国宝石研究所DIPLOMAを取得。帰国後、カメオをはじめとする宝飾品の企画・販売「ジュエリー貴樹」を設立。百貨店を中心に店舗を増やす。世界の名だたる宝石ブランドの総輸入元の契約も結んでいる。

樫野孝人(かしのたかひと)/須磨区在住・昭和38年生まれ
樫野孝人(かしのたかひと)/東灘区在住・昭和38年生まれ

飛松中学、長田高校、神戸大学経済学部卒業。リクルートを経て、(株)IMJの代表取締役社長に就任。TSUTAYAを展開する(株)カルチュア・コンビニエンス・クラブ取締役や(株)OKwave取締役などを歴任し、2009年神戸市長選挙に立候補するも惜敗。現在、「エリックを探して」「ジーンワルツ」などを製作するIMJエンタテインメント取締役会長。Kiss FM社外取締役。神戸リメイクプロジェクト代表。

かしの 美術作品というとしっかりガードされていて近寄りがたいイメージがありますが、それを覆す発想ですね。

矢野 メオだけでなく、絵画、彫刻にも触れてもらえるよう、3次元化のレプリカを作ろうと考えています。すでにルーブル美術館とイタリア文化省に提案しているのですが、「モナリザ」と「最後の晩餐」を3次元化するプロジェクトも進んでいます。これは世界でも初めての試みです。この制作プロセスを短期化するソフトも開発済みで、ハードと組み合わせれば「触察」を普及させることができます。目の不自由な方だけでなく、子どもたちに触れてみて絵を描いてもらうことで情操教育にも役立ちます。

かしの 神戸から新しい文化の発信のモデルがつくれそうですね。

矢野 神戸に博物館を開設し、作品を持って全国移動式で展示会を開いていけば収益を生み出します。子どもたちが描いた絵を表彰する仕組みができれば入場者がさらに増えます。レプリカはアルミなどを素材につくるのですが、それを神戸の鉄工所に作ってもらうことができれば地元の産業も潤います。視覚障がい者向けに3Dで美術書を印刷することも可能になるので印刷業にもチャンスが生まれます。単に箱モノを作りましたというだけの博物館だけでなく、こうした派生を考えた企画力が求められています。新しい文化発信のモデルを神戸で作り、日本から世界に貢献できればいいですね。

かしのたかひと今回のツボ

最近の若い人たちは海外で働くのを嫌がるという話をよく聞きます。日本の居心地が良いからというのが理由のようです。似たような話で、「社会人になるより学生のままの方が良い」というのがあります。そんな学生に私はいつも言います。「学生なんかより、社会に出た方がメチャクチャ面白い」と。そしてその面白さをバッチリ語ります。海外に夢やロマンを描き、世界の人と繋がって、私たちがまだ見ぬ世界、そして知らないモノを日本に紹介することで文化の礎を築く、その醍醐味を矢野社長に感じました。神戸はいつも日本で一番最初に世界のモノや文化を港を通じて取り入れてきたのです。私たち神戸人が継承していくべきDNAの一つは間違いなく「進取の気性」だと今回の対談を通じて確信しました。そして、もうひとつの発見。会社を意味するEnterpriseという単語には「進取の気性」って意味もあるんですね。会社は入るものではなく、起こすもの、この単語はそう言ってるように思います。

取材協力

株式会社ジュエリー貴樹

主力ブランド「ル・ポエ」をはじめ、世界の宝石アーティストによるオリジナリティの高い作品を提案。「日本一の宝石店」を目標に充実した品作りを目指す。

TEL.078-332-7757
神戸市中央区元町通2-5-5

『スペシャル粋トーク』の一覧へ