スペシャル粋トーク

2011年 冬号

古き良き神戸の物語を発見

小説の中で何度も人生を生きる。

かしの 小説家を目指したのはいつ頃からですか?

浅黄 小学4年生のときに担任の先生に文章をほめられてから小説家になると決めていました。自分で物語を書いて、それを友達が面白がってくれたり、高校時代は文芸部で、父には禁止されていたのに、こっそり隠れて小説を書いていたこともありました。父の意志もあって理系大学へ進学し、卒業後は技術系会社に勤め、日本中を飛び回っていました。その後、父が亡くなったのを機に、作家を目指す決意をしたんです。同人誌に小説を書くうち、プロになるために全国誌の賞に応募。それで受賞したのが「小説推理」新人賞です。そこまでに15年かかりました。

かしの 書く仕事の楽しさは何ですか?

浅黄 自分の知らない世界に入り込んで、物語の中で人生を何度も生きることです。詐欺師の話を書くときは詐欺師になったり、時代小説では違う時代を生きる。智恵とアイデアを絞り出す作業は、苦しいけれどわくわくしますね。時代小説は資料収集や時代考証に時間がかかりますが、時代小説でしか書けない物語がある。神戸で震災を経験して、その後オウム事件など人を殺したり、殺されたりという事件が目につくようになって、日本人が醜悪になってしまったような気がしていた。それが苦痛でペンが止まっていたこともありました。書くなら、素朴で純粋な人間が書きたかった。それには時代小説しかなかったんです。現代では偽善だと思われるようなことも、江戸時代を舞台にすれば、人の人情や純粋な気持ちが真っ直ぐに表現できます。

神戸市兵庫区生まれ。関西大学工学部を経て技術系社員として会社勤務の後「雨中の客」で「小説推理」新人賞を受賞し、文壇デビュー。次いで「死んだ息子の定期券(他)」で第4回日本文芸大賞を受賞。近年は時代小説に傾注し、「無茶の勘兵衛日月録」シリーズなど。

小説の中で蘇る神戸の魅力。

樫野孝人(かしのたかひと)/須磨区在住・昭和38年生まれ
樫野孝人(かしのたかひと)/東灘区在住・昭和38年生まれ

飛松中学、長田高校、神戸大学経済学部卒業。リクルートを経て、(株)IMJの代表取締役社長に就任。TSUTAYAを展開する(株)カルチュア・コンビニエンス・クラブ取締役や(株)OKwave取締役などを歴任し、2009年神戸市長選挙に立候補するも惜敗。現在、「エリックを探して」「ジーンワルツ」などを製作するIMJエンタテインメント取締役会長。Kiss FM社外取締役。神戸リメイクプロジェクト代表。

かしの 小説の中に込められたメッセージは?

浅黄 何のために食うのか、と言うことですね。食うために働くのではなく、働くために食うのだということです。現代人は食うために働いているような気がする。働くことが、その人の人生を生きることだということを伝えたい。時代小説の舞台としては江戸時代から明治、大正まで、日本人がどう生きたていたかということが大変興味深い。特に今書きたいのは神戸が誕生した頃の話ですね。

かしの 神戸開港は1868年、今年で143年目です。

浅黄 神戸開港当時は普通の農村でした。そこに居留地ができ、元町に中国人の街ができ、海側、山側へと発展していった。神戸は新しくて楽しい魅力的な街です。昔の神戸、特に戦前は文化の香りがぷんぷんしていたのだと感じます。同じ神戸で育った作家の野坂昭如氏はよく『昔の神戸の面影がどこにもない』と残念がっておられた。昭和40年代のことです。今になってその言葉がよく分かります。時代を先取りする若者たちが集まって、わいわい賑やかだったと思う。その風潮は今でもあるんじゃないでしょうか。

かしの 今後の活動やメッセージを。

浅黄 今書いている「無茶の勘兵衛日月録」のシリーズを55巻まで続けたい。それと、神戸の原点とも言える居留地の物語の執筆です。居留地警察を舞台にハイカラな神戸の活き活きとした時代を蘇らせたいですね。神戸の街について思うことは、いわゆる団塊の世代の知的で文化的な活動に期待したい。例えば「古い神戸の良さを発見する会」というのがあってもいい。生まれて百数十年という日本でも若い神戸の街が、どうやって発展していったのか、古いものの良さや新しい感覚など改めて発見する活動を広げて欲しいと思います。

かしのたかひと今回のツボ

浅黄さんは小学校の先生に文章を褒められて「小説家になると決めた」とおっしゃっています。私も中学生の頃、思うようにいかずに落ち込んでいる時に「樫野君なら絶対出来るよ」と言われて何とか頑張れたのを今でも時々思い出します。精神が未完成な時期の掛け値なしの応援や支えが人の人生を大きく変えるのは、昔も今も変わりません。子どもたちに対して言葉の大切さを伝えたり、応援したりする環境を私たちはもっと意識して創っていくべきだと思います。そしてもうひとつ。先日あるセミナーで聞いた言葉「史伝子」です。どの地域にも、その地域独自の歴史があり、その歴史から生まれ、継承されている文化や特徴、風習を「史伝子」というそうです。世界史、日本史だけでなく、神戸史の勉強を神戸の子どもたちに「授業の中で」行い、神戸人の「史伝子」をしっかり受け継いでいくのも必要なのではないでしょうか。まずは浅黄さんの「神戸史をベースにした歴史小説」が世に出るのを楽しみにしています。

取材協力

食彩マグノリア

ビオワインを中心にさまざまなワインが楽しめる。料理メニューも和・洋・中・エスニックと多彩。どれもワインと相性ぴったり。

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