スペシャル粋トーク

2011年 春号

先を見据え、神戸のまちを良くしていく発想を

かしの お客様を1日1組に限定して料理を出されています。絢爛亭を始めたきっかけは?

古屋 父は戦前から元町でクラシックを聞かせるサロン「vienna」を営んでいました。政財界人や文化人、そして将来を担う大学生に、クラシックを聞きながらコーヒーを飲み、天下国家を語らう社交の場を提供したいと考えていたようです。谷崎潤一郎や小磯良平もお客様だったと聞いています。私は5人きょうだいの末っ子で、父が50代でできた子でしたので、ずいぶんとかわいがってもらいました。食べることも飲むことも好きだった父は、幼かった私を伴ってよく店に出かけました。そこにある絵や置物、そして食事まで一流のものに触れさせてもらったおかげで、本物を見抜く感性が養われたのだと思っています。高校1年生の時に見よう見まねで家族にふるまった料理が好評で、料理を作ることが好きになりました。19歳で学生結婚をしたもののその後別の道を歩むことになり、自立を迫られました。友人のすすめもあり料理教室を開いていたところ、ある時「ホームパーティをするので料理をしに来てほしい」と頼まれました。するとそれが評判になり、神戸だけでなく東京にも呼んでいただけるようになりました。一流の方が食事の場を通じてコミュニケーションを取り、人の心をつかんでいる様子に触れさせていただき、いかに料理が大切な役目を果たしているかということに気づき、これを人生の仕事にしようと考えました。そこで、一日一組でおもてなしをしたいと花隈に料亭を開きました。

かしの 料理でこだわっていることは?

古屋 料理はお仕着せではいけません。食べていただくという気持ちでおもてなしをしています。食べさせてやっているような雰囲気のお店は大嫌いですし、料理を作った人が講釈するのも嫌いです。食事の場は接待する方が、接待した人とコミュニケーションをする場です。そのためには黒子に徹することが大切で、必要があれば料理のお話しもさせていただいています。食材は地元のものを使うということも料理人の役目だと思っています。兵庫県は山あり、海ありで食材に恵まれ、灘の酒もあります。使いきれないほどの豊かな食材があるのにそれを生かさないのはもったいないことです。

神戸市中央区生まれ。ひいひいおじいさんの頃から神戸に住む生粋の神戸っ子。花隈に「絢爛亭」を開いたが、震災で倒壊し、北野に移転し、オープンキッチンスタイルの「絢爛亭シェフズテーブル」をオープン。クッキングレッスン「サロン・ド・サトコ&ユウコ」で家庭料理教室も開いている。

樫野孝人(かしのたかひと)/須磨区在住・昭和38年生まれ
樫野孝人(かしのたかひと)/東灘区在住・昭和38年生まれ

飛松中学、長田高校、神戸大学卒業。リクルートを経て、(株)IMJの代表取締役社長に就任し株式公開。2009年神戸市長選挙に立候補するも惜敗。現在、(株)OKwave取締役、Kiss FM取締役を務めながら神戸リメイクプロジェクト代表として神戸の活性化を推進中。また広島県庁の広報統括責任者、京都府参与として地方自治体の改革も手掛けている。新著は「地域再生7つの視点」(カナリア書房)

かしの 神戸で一流のもの、文化に触れてきた古屋さんに今の神戸はどう映りますか?

古屋 神戸にはかつてたくさんの宝物がありました。それを失ってしまい惜しいことをしたと思います。例えば、1971年に神戸市電が廃止された時、私は、敷石に使っていた御影石をトアロードの南北に敷いてサンフランシスコのようにケーブルカーを走らせるべきだと神戸市に投書しました。神戸にはたくさんの外国船が入ってきました。その船長や乗組員は口々に、神戸港は入港する時の景色がきれいで、その美しさは世界で3指に入ると言っていました。その神戸の資産を生かさないといけないのにそれができていません。目先のことにとらわれず、将来を見越してこの街を良くしようと真剣に考えれば、今のようなことにならなかったのではないでしょうか。人が来なくなって、昔からあった神戸のいい店が閉店を余儀なくされているのももったいないことです。

かしの 人が集まれば商売も成り立って、いいお店も増えてくるようになるはずです。今からでもできることがあれば。

古屋 気になるのは夜の街が暗いことです。神戸はかつて日本一ハイカラでロマンチックな街と言われていました。居留地界隈からトアロード、北野、そして新神戸まで、素敵な街灯を灯して一本の線でつながるようにすれば、夜でも安心して散歩でき、人の賑わいも戻ってくるのではないでしょうか。それから、神戸にはドレスアップして出かけるところが少なくなってしまいました。いいホテルが神戸に集まって、夜毎にパーティが開かれるようになれば、着飾って出かける場も増えるはず。パール、シューズ、グルメなどあらゆるファッションの街神戸を大いに賑わせてほしいものです。

かしのたかひと今回のツボ

「量が質を生む」。私が経営者時代に社員に向けて伝えていた言葉です。だから仕事においては「千本ノックを必ず受けなさい」と言っていました。古屋さんの審美眼は間違いなく、幼少の頃から一流を見続けた「数」によって培われています。きっと私たちには見えない、感じない「微小な差異」がわかるのだと思います。その古屋さんに「神戸の絶頂期はポートピアの頃でしょうか?」と質問すると、「市電が無くなる前がピークだった」と答えられました。もっと素敵な時代があったのですね。私が小学生だった頃の「神戸の良さ」をまだまだ勉強しないといけないなと痛感しました。古屋さんに見えている「微小な差異」を感じるようになるまでは。そしてもう一度、文化が溢れ、世界から憧れられる都市に復活させたいですね。1970年代の神戸超えをいつか実現しますので。「そうするためには、もっと勉強なさい(笑)」と言われるかな?(笑)。

取材協力

絢爛亭

1日1組限定で、和をベースに、旬の素材を使い、顧客の好みを考えながらおもてなしの料理を提供する。要予約。

TEL.078-221-1022
神戸市中央区北野町4-8-3
http://www.kenrantei.com

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