スペシャル粋トーク

2012年 冬号

神戸の良き風景を独自の切り絵世界で表現

脱サラしてプロの切り絵作家としてデビュー。

かしの 切り絵作家として活躍されて拠点を東京から神戸に移されたのは?

成田 僕は人よりペースが遅くてね。就職は28歳、サラリーマンをやってましたが、仕事のほかに趣味を持ちたくて切り絵を始めたのがきっかけです。切り絵と相性が合ったんでしょうね。会社の広報誌などでイラストを描いたりしているうちに、似顔絵連載の仕事なんかをするようになったんです。昔から絵を描いたりデッサンは好きでしたが、その道へ進むことは考えていませんでしたね。会社勤めを始めてから仕事より切り絵が面白くなって、切り絵で食べて行けないかと。趣味ではうまくならない、片手間ではだめだと思い、思い切って入社10年目で退社して、独立。上京して代理店やら出版社やらを随分回りました。

かしの 思い切った行動ですが、プロの道へ進むのは勇気が必要だったのでは?

成田 最初はなかなか仕事もなくて、困っていたんですが、じっとしていても始まらない。出版社の人やいろいろな集まりがあると顔を出したりした。もともと人が集まる場所は苦手だったんですが、行くだけじゃだめだと思って、当時住んでいた小さなアパートで月に1回、宴会を開いたりしたんです。上野のアメ横で中華鍋やせいろなど道具を買って、中華のコースや創作料理などいろんな料理でもてなした。それを面白がってくれる人もいて、人のつながりができていきました。僕の切り絵作品にも興味を持ってもらえるようになって、仕事が来るようになりました。もともと切り絵作家はそれほど多くない世界です。できるだけだれもやってないことをやろうと思っていましたね。水彩やペン画はいろんな作家がいて、なかなか難しい。切り絵なら、自分らしい表現ができるというのがありました。技術や方法も独自で考えて改良するなど、オリジナリティは大切ですね。切り絵は黒い紙を切って光の世界をあらわにしていく、黒い部分に隠されたものと、白い光が表すもので想像力を働かせる。そこが切り絵の面白さです。

1988年、10年間のサラリーマン生活の後、上京、切り絵作家として独立。現在、新聞・雑誌・書籍を中心に作品を発表。BARの情景を刻んだモノクロの切り絵は、30数年来のライフワーク。個展、グループ展多数開催。講談社フェイマススクール・インストラクター。著書に「神戸の残り香(神戸新聞出版センター)」「to the bar(朝日新聞社)」「東京シルエット(創森社)」、「カウンターの中から(クリエテ関西)」ほか多数。

イベント情報:「カウンターの中から」原画展

BARや神戸の風景をモノトーンの世界で切り取る。

樫野孝人(かしのたかひと)/須磨区在住・昭和38年生まれ
樫野孝人(かしのたかひと)/東灘区在住・昭和38年生まれ

飛松中学、長田高校、神戸大学卒業。リクルートを経て、(株)IMJの代表取締役社長に就任し株式公開。2009年神戸市長選挙に立候補するも惜敗。現在、(株)OKwave取締役、Kiss FM取締役を務めながら神戸リメイクプロジェクト代表として神戸の活性化を推進中。また広島県庁の広報統括責任者、京都府参与として地方自治体の改革も手掛けている。新著は「地域再生7つの視点」(カナリア書房)

かしの 成田さんの「酒場の絵本」には神戸のバーの懐かしい風景がありますね。

成田 一番最初に出版したのが「酒場の絵本」です。その頃、神戸のバーのオーナーやバーテンダーが代替わりして、「神戸からグッドバーが消えて行く」という感じがありました。なんとか記録に残していけないか、何かできるんじゃないかと思っていたんです。「酒場の絵本」は僕の切り絵に友人の田中正樹氏が文を書いて神戸のバーの風景を残した一冊になりました。今はなくなってしまったバーもありますね。それから、バーシリーズの「to the bar」や「カウンターの中から」なども出してますし、300軒以上は訪ねているでしょう。取材で行くのですが、やはりバーではその店の雰囲気を味わいたい。いいバーの条件はバーテンダーと客の心の通い合いがあることです。写真を撮って、デッサンをし、あとで切り絵にする。その時に余計なものは除いて、いいと思う瞬間、バーテンダーと客の会話の瞬間だったり、客の笑顔だったり、その瞬間を切り取れるのが良さでしょうね。

かしの 神戸で残したい、切り取りたいという風景は?

成田 神戸新聞で連載している「神戸の残り香」では古いビルや人を切り取っていますが、街はどんどん変わっていきますね。僕は、よく知っている風景でも、だれも見たことのない切り取り方をしたいと思っています。例えば栄町通り西端にある旧三菱銀行神戸支店は、外観の重厚な雰囲気もいいんですが、僕は中の古い金庫越しに高い天井のあるシーンを切り取った。普段、目にすることのない風景ですが、重々しい金庫と高い天井は銀行だったときの面影が残されています。神戸のバーには港街としての歴史や文化が感じられるんです。昔は外国船の船員が神戸を気に入って開いたバーがあったり、外国文化を感じる入り口としての雰囲気があった。神戸の歴史と時代を感じる風景を表現する切り絵を通して、人々のイメージの中で良いものが残っていって欲しいですね。

かしのたかひと今回のツボ

今号はモノづくりに携わる、アーティスト、匠、職人気質の方が多く、それぞれに記憶に留めておきたい言葉をいただきました。成田さんからは「切り絵は強調と省略、メリハリと抽象化」。ある部分を際立たせるために、あえて他の部分を捨てたり、抽象化したりするのが肝だそうです。とんぼ玉の籾山さんからは「愛着は買った人が付けるもの」。購買者(ユーザー)との関係性に対する明確な線引きがプロ意識の表れだと感じました。そして福永さんからは「好きなことをするのと、楽なことをするのは大違い」。好きなことには苦難が伴うことを見事に言ってくれました。そこそこ努力して90点まで取れても、その先、91点、92点と積み上げていくのは、90点までの努力以上のものを積み重ねないと前に進まないことを誰でも知っているはず。そこで逃げるか、真正面から粘り強く取り組むかで、極め方は天と地ほど違ってきます。皆さんの確固たる自信の裏には並大抵ではない時間と労力と精神的強さがあると肌で感じました。神戸という街は気候が良すぎて細かいことに執着しないのか、昔から粘り強さに欠けるというか、飽きっぽいというか、最後のこだわりや1点の積み上げが弱いように思います。今回取材させていただいた方々のような遺伝子が、まさに新しい神戸のためには必要だと思います。

取材協力

Bar Heaven(バー ヘブン)

成田さんの朋友、田中正樹さんの店。仲間が集いゆっくり飲んで語る、憩いの場となっている。

TEL.078-331-0558
中央区栄町通2-10-3アミーゴスビル4F
13:00~20:00 不定休

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